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金融営業からソフトプログラマに転身。30歳を過ぎて手にしたリアルスローライフ/エヌ・ケイ・アセント 松村暢昭さん

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関西の都市部で生まれ育ち、大学卒業後も地元の企業に就職した株式会社エヌ・ケイ・アセントの松村暢昭さんにとって、島根県への移住は予期せぬ出来事でした。ただ、次第に居心地のよさを感じ始め、結婚して2人の子供にも恵まれました。そして今年に入り、思い切った挑戦に打って出たのです。未経験だったソフトプログラマへの道。30歳を過ぎたタイミングで、なぜ異なる世界に飛び込んだのでしょうか。

プロフィール
生まれ育った関西の都市部にある大学を卒業後、入社した会社が1年足らずで閉業。2011年4月、島根県益田市に住む祖母を介護するため、同市に移住。金融機関の営業職を経て2018年、ソフトウェアの受託開発を手がけるエヌ・ケイ・アセントに入社し、ソフトプログラマに転向した。同市出身の妻と5歳の娘、1歳の息子と4人暮らし。

新卒入社も1年で閉業。祖母のいる益田市へ

ーまず、移住の経緯から教えてください。

生まれ育った関西の大学を卒業し、新卒で就職したのも都市部にある地元・関西の企業です。長く地元で暮らしていました。ただ、入社から1年足らずで会社が閉業してしまったんです。当時はリーマンショック後の不景気でもあり、転職も容易ではない時代です。

「島根に行ってみたら?」。家族に勧められた場所は島根県益田市。祖父母が暮らす町です。そこで祖母の介護をするためにも、思い切って移住することにしました。ただ当時は、介護が終わったら地元に帰るつもりでした。それが今では、すっかりここでの生活が気に入っています。まさに”住めば都”だったんです。

ーエヌ・ケイ・アセントに就職したきっかけは。

最初は金融機関に就職し、6年半ほど営業を担当していました。その後、2015年に県の立地計画認定誘致企業として東京から益田市に本社を移した、エヌ・ケイ・アセントを見つけたんです。

IT業界は成長産業で伸びしろがあります。実際に、エヌ・ケイ・アセントも2009年の設立以来、毎年成長し続けています。会社に将来性を強く感じたのも、応募の大きな決め手の1つでした。

ー金融の営業職からソフトプログラマへの転身はやや驚きです。
未経験でしたが、面接では「勉強させてください!」と思いの丈をぶつけました。ただ、学生の頃からコンピュータ言語には触れていたので、最低限の下地はありました。ITに興味を持ち始めたのは、有名なIT企業の社長が証券取引法違反容疑で逮捕されるなど、良くも悪くもITに世間の注目が一気に注がれた頃です。「どんなものなのか」と興味本位で始めたのがきっかけでした。

”父親”のような社長と、教育熱心な先輩社員

ー事業内容や現在の担当業務を教えてください。

生保やクレジット、販売管理、物流、金融、WEBサイト構築などの幅広い分野のシステム開発を担っています。特に、流通・在庫管理システムの受託開発が得意分野の1つです。

私自身はPHPやJavaScriptなどを使って、クライアントがローカルで構築した業務管理システムを、スマホなどでアクセス・操作できるようにソフトウェア化する作業を主に担当しています。先輩社員と4人でチームを組み、OJTを受けているかたちです。未経験でも早い段階から現場に入り、一定の責任ある役割を与えられるのが当社の特徴でしょう。実際、入社後3カ月で150万円超の案件を任されたこともあります。

ー社内の雰囲気や働きやすさはどうですか。

何より経営トップ(中山兼孝社長)がすばらしい人格者なんです。7月の西日本豪雨の際も、わざわざ心配して電話をかけてきてくれました。仕事中も社員のことを気にかけ、まるで家族のように考えてくれます。「この人に最後まで付いてこう」。そう思わせてくれるような経営者に出会えたことは、非常に大きいですね。

島根本社のメンバーは10人ほどいますが、先輩社員との関係も非常によく、定期的に飲み会などもありますし、風通しはいいですよ。中には内向的な人もいますが、飲み会などへの参加は強制ではなく、すべてにおいて自分の選択肢が認められている。そんな雰囲気があります。

ー”学ぶ・成長する環境”としてはどうですか。

私のようにゼロから勉強するような人にも、社長や先輩社員たちは驚くほど親切です。当社には、ソフトプログラマ一筋で経験豊富な60代のベテラン社員をはじめ、様々な技術・経験をもつ社員がいます。学びながら給料をもらえているだけでも十分恵まれていると思いますが、先輩たちが時間を割いて根掘り葉掘り教えてくれます。とても働きやすいですよ。

残業も少なく、遅くても夜7〜8時には退社できますし、土日祝日は基本的に休みです。もちろん納期間近などは少し残業時間は増えますが、普段から新人の私にも責任ある仕事を任せてくれるので、主体性が生まれて「自分の仕事だ」という認識になります。先輩社員も日々親切に教えてくれますし、だからこそ「頑張って乗り切ろう」という気持ちが自然に湧いてくるんです。

釣った魚を七輪で焼き、育てた野菜で友人とバーベキュー

ー移住後、生活面ではどんな変化がありましたか。

初めての、しかもいきなりの移住でしたから、最初は「退屈になるのでは」と不安でした。ただ、それは杞憂に終わりましたね。移住した直後から友人や知り合いがどんどんできて、楽しく過ごしていますよ。

ここでは都会に比べて時間がゆっくり流れているので、自由な時間をつくりやすいんです。いろんな人に出会えますし、新しい趣味もできました。例えば、市内にあるジャズバーでの楽器演奏です。以前からサックスとギターを演奏していたんですが、移住後もバーでセッションする機会があり、そこで多くの仲間ができました。実は、妻とはそのつながりで知り合ったんです。

釣りと家庭菜園は、移住してから始めた新しい趣味です。休日は朝早く海へ出て、釣った魚を七輪で焼いて食べたり、友人を呼んで庭で採れた野菜を使ってバーベキューを楽しんだり。他にも、趣味の読書に没頭したりしています。都会にあるような商業施設はありませんが、その分お金をかけずに、自然と隣り合わせの人間らしい文化的な生活を送れています。転職したことが知らない間に広まっていたりと、地方独特の人付き合いには慣れるまでは少し苦労しましたけどね。

ー移住は特にどんな人にオススメでしょうか。

例えば、子持ちの家族は最適だと思いますよ。都会から地方へ移住するうえで、最も尻込みするのは経済的な問題ではないでしょうか。ただ、ここはお金を使う機会が少ないので、貯蓄ができます。休日はのんびり過ごせますし、子どもを自然の中で育てられる。私の場合は畑で野菜を育てているので、家庭で食育もできます。独身時代は都会で好きなことをして、結婚して子供が生まれてからは田舎でのんびり過ごす。そんな人生もいいですよ。

島根県の中でも、東部にある県庁所在地の松江市とは距離があり、山口県に隣接する西部の益田市は都会からのアクセスも意外といいんですよ。私たちのオフィスは萩・石見空港から車で10分の場所にあり、東京から2時間ほどあればたどり着けます。夏には大阪との直行便もありますよ。最近はUIターンする人も少しずつ増えてますし、ぜひ島根と益田に注目してほしいですね。

メリットとデメリットを見極め、計画的に転職活動を

ー”新人ソフトプログラマ”として、今後の仕事の目標は。

まず短期的には、先輩に頼らず自分一人でプログラムを完結させられるチームリーダーのような存在になること。中期的にはクライアント先に出向するなどして、直接顧客とコミュニケーションをとりながらシステム開発を手がけたいですね。そして長期的には、この会社を大きくしたいと思っています。尊敬できる社長や先輩社員に出会うことができたので、会社に貢献したい思いが強くあります。

ー最後に、島根県へのUIターン転職を考えている人にメッセージを。

島根に移住すれば、平日は朝から夕方まで仕事をして、それ以外は釣りや野菜栽培を楽しみ、好きな小説を読む。多少の工夫は必要かもしれないですが、そんなリアルなスローライフが送れる可能性が大いにあります。

あとは、就職・転職するときは事前にその会社のことを調べておくといいでしょう。働き方改革で労働条件が是正されてきているとはいえ、特に地方にはまだ古い経営気質が残っているオーナー企業も少なくありません。地方のメリットとデメリットをしっかり考えて、計画的に転職活動することをオススメします。私自身はいい会社に巡り会い、家族とともに充実した毎日を送れており、とても満足しています。

 

======= 【お知らせ】=======

エヌ・ケイ・アセントは、9月1日(大阪)/9月15日(東京)のイベントに出展します

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